て、莨を喫《す》っていた。
お庄はただ笑っていた。
「小言でも言われただかい。」
「いいえ。」
「何か失敗《しくじり》でもしたろ。」主婦《あるじ》はニヤニヤした。
「いいえ。」
「それじゃあすこが厭で逃げて来ただかい。逃げて来たって、お前の家はもう東京にゃないぞえ。」
お庄は袂で括《くく》れたような丸い顎《あご》のところを拭いていた。
「それにあすこはお父さんが、ちゃんと話をつけて預けて来たものだで、出るなら出るで、またその話をせにゃならん。お前は黙って出て来ただかい。」
「…………。」
「そんなことしちゃよくないわの。向うも心配しているだろうに。」と、主婦《あるじ》は煙管《きせる》を下におくと、台所の方へ立って行った。そして、楊枝を使いながら、「家へ帰ったっていいこともないに、どうして浅草で辛抱しないだえ。銀行へ預けた金もちっとはあるというではないかい。」
お庄はしばらく見なかったこの部屋の様子を、じろじろ見廻していた。
奥から二男の糺《ただす》も、繁三も起き出して来た。今茲《ことし》十九になる糺はむずかしい顔をして、白地の寝衣《ねまき》の腕を捲《まく》りあげながら、二十二、
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