をのろのろと運んでいたが、するうちに、堂の方を拝むようにして、やがて仁王門《におうもん》を潜《くぐ》った。
 仲店《なかみせ》はまだ縁台を上げたままの家も多かった。お庄は暗いような心持で、石畳のうえを歩いて行ったが、通りの方へ出ると間もなく、柳の蔭の路側《みちわき》で腕車《くるま》を決めて乗った。
「湯島までやって頂戴な。」と、お庄は四辺《あたり》を見ないようにして低い声で言うと、ぼくりと後の方へ体を落して腰かけた。
 上野の広小路まで来たころに、空の雲が少しずつ剥《は》がれて、秋の淡日《うすび》が差して来た。ぼっと霞《かす》んだようなお庄の目には、そこらのさまがなつかしく映った。
 お庄は下宿の少し手前で腕車を降りて、それから急いで勝手口の方へ寄って行った。
 屋内《やうち》はまだ静かであった。お庄は簾《すだれ》のかかった暗い水口の外にたたずんで、しばらく考えていた。
「どうしてこんなに早く来ただい。」
 主婦《あるじ》は上って行くお庄の顔を見ると、言い出した。蒼白《あおざ》めたような頬に、薄い鬢《びん》の髪がひっついたようになって、主婦《あるじ》は今起きたばかりの慵《だる》い体をし
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