》の事情に詳しい人や、寄席仕込みの芸人などもあった。
「××さんもいつ免状をお取りなさるだか。お国のお父さんも、すっかり田地を売っておしまいなすったというに、そうして毎日毎日茶屋酒ばかり飲んでいちゃ済まないじゃないかえ。」
 主婦《あるじ》は楊枝を啣《くわ》えて帳場の方へ上り込んで来る書生の懦弱《だじゃく》な様子を見ると、苦い顔をして言った。
「私らンとこの菊太郎も実地はもうたくさんだで、今茲《ことし》は病院の方を罷《よ》さして、この秋から田舎に開業することになっておりますでね、私もこれで一ト安心ですよ。病院ももう建て前が出来た様子で、昔のことを思《おも》や地面も三分の一ほかないけれど、旧《もと》の家の跡へ親戚《しんせき》で建ってくれたと言うもんだでね。」
 主婦《あるじ》は同じようなことを、一人に幾度も言って聞かせた。
 その書生は鼻で遇《あしら》って、主婦が汲んで出す茶を飲みながら、昨夜《ゆうべ》の女の話などをしはじめた。
「あれ、厭な人だよ、手放しで惚気《のろけ》なんぞを言って。」
と、主婦はじれじれするような顔をした。
 するうちに、奥の暗い部屋で差《さ》しで弄花《はな》が始ま
前へ 次へ
全273ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング