かけて、袂から甘納豆《あまなっとう》を撮《つま》んではそっと食べていると、池の向うの柳の蔭に人影が夢のように動いて、気疎《けうと》い楽隊や囃《はやし》の音、騒々しい銅鑼《どら》のようなものの響きが、重い濁った空気を伝わって来た。するうちに、澱《よど》んだような碧《あお》い水の周《まわ》りに映る灯《ひ》の影が見え出して、木立ちのなかには夕暮れの色が漂った。
女は、帰って来たお庄の顔を見ると、
「この人はどうしたって家に昵《なじ》まないんだよ。」と言って笑った。店にはこのごろ出来た、女の新しい亭主も坐って新聞を見ていた。亭主は女よりは七、八つも年が下で、どこか薄ンのろのような様子をしていた。この男は、いつどこから来たともなく、ここの店頭《みせさき》に坐って、亭主ともつかず傭《やと》い人ともつかず、商いの手伝いなどすることになった。お庄は長いその顔がいつも弛《たる》んだようで、口の利き方にも締りのないこの男が傍にいると、肉がむず痒くなるほど厭であった。男はお庄ちゃんお庄ちゃんと言って、なめつくような優しい声で狎《な》れ狎《な》れしく呼びかけた。
男は晩方になると近所の洗湯へ入って額や鼻頭
前へ
次へ
全273ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング