っちこっち見て歩き歩きしたが、するうちに店が尽きて、寒い木立ち際の道へ出て来た。
 公園を出たころには、そこらに灯の影がちらちら見えて、見せ物小屋の旗や幕のようなものが、劇《はげ》しい風にハタハタと吹かれていた。お庄はいつごろ帰っていいか解らないような気がしていた。
 帰って行くと、父親は火鉢の側《そば》で、手酌《てじゃく》で酒を飲んでいた。女も時々来ては差し向いに坐って、海苔《のり》を摘《つま》んだり、酌をしたりしていたが、するうちお庄も傍《そば》で鮓《すし》など食べさせられた。
「お前今夜ここで泊って行くだぞ。」父親は酒がまわると言い出した。
「この小母さんが、店の方がちと忙しいで、お前がいてしばらく手伝いするだ。」
「私帰って家の阿母《おっか》さんに聴いて見て……。」お庄は紅味《あかみ》のない丸い顔に、泣き出しそうな笑《え》みを浮べた。
「阿母さんも承知の上だでいい。」
 お庄は黙ってうつむいた。
「お庄ちゃん厭……初めての家はやっぱり厭なような気がするんでしょうよ。」と、女は傍《わき》の方を向きながら、拭巾《ふきん》で火鉢の縁《ふち》を拭いていた。
「お前はもう十三にもなったも
前へ 次へ
全273ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング