。賑《にぎ》やかだよ。」と言って訊《き》いた。
「知ってるとも、すぐそこだ。」父親は長い顎《あご》を突き出した。
「独《ひと》りじゃどうだかね。」
「何、行けるとも。それは豪《えら》いもんだ。」
 お庄は銀貨を帯の間へ挟《はさ》んで、家だけは威勢よく駈《か》け出したが、あまり気が進まなかった。一、二度来たことのある釣堀《つりぼり》や射的の前を通って、それからのろのろと池の畔《はた》の方へ出て見たが、人込みや楽隊の響きに怯《おじ》けて、どこへ行って何を見ようという気もしなかった。
 お庄は活人形《いきにんぎょう》の並んだ見世物小屋の前にたたずんで、その目や眉《まゆ》の動くさまを、不思議そうに見ていたが、うるさく客を呼んでいる木戸番の男の悪ごすいような目や、別の人間かと思われるような奇妙な声が気になって、長く見ていられなかった。幕の外に出ている玉乗りの女の異様な扮装《ふんそう》や、大きい女の鬘《かつら》を冠《かぶ》った猿《さる》の顔にも、釣り込まれるようなことはなかった。
 今の家と同じような小間物店や、人形屋の前へ来たとき、お庄は帯の間の銀貨を気にしながら、自分にも買えるようなものを、そ
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