》いあげられたという細君の話では、この夫婦の若いころの豊かな生活の有様が想像され、子供が育つ時分から、だんだん落ちて来て、こうした貧乏世帯に慣らされるまでの細君の気苦労も窺《うかが》えるように思えた。
「私も、まさかあんな家とは思いませんでしたよ。」
 お庄もつい引き込まれて、自分の家の事情など話しながら言い出した。お庄はここの人たちの心持も知っておきたいと思った。
「あのお爺さんのいるうちは、とても丸く行かないだろうって、良人《うち》でも心配しているんですよ。」と細君はこの婚礼についての主の苦心を語った。これまでにも、芳太郎がちょくちょくここへ囲《かく》まわれていたことも言い出された。
「……あの人が、一番可哀そうですの。」と細君はこうも言った。

     八十四

 芳太郎が、中村の知っているある通運会社へ出ることになってから、お庄も時々外へ出られるようになった。
 これまで芳太郎は、中村から小遣いを強求《せび》っては、浪花節《なにわぶし》や講釈の寄席《よせ》へ入ったり、小料理屋で飲食いをしたりして、ぶらぶら遊んでいた。昼は邸の裏の池に鉄網《かなあみ》を張って飼ってある家鴨《あひ
前へ 次へ
全273ページ中263ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング