いた。五、六軒ある借家の家賃の額も少くなかった。娘は名の聞えた呑んだくれの洋画家に縁づいていたが、父親が死ぬ前に、病気の見舞いに来ていて、父の遺言でそれきり帰らずじまいになっていた。
 伯母とこの家とは、大屋と店子《たなこ》との関係以上の親しみがあった。瀬戸物屋などしている時分から界隈《かいわい》に美人の評判が高かったその娘は、糺を弟のように可愛がっていた。
「東京で開業なさるなら、資本ぐらいは家でどうにかしますよ。」と、その娘は伯母の前にも公然《おおぴら》に言っていた。
 糺が田舎の身内続きのある医者の家を継がなければならぬことになってからも、この交際は続いていた。そのころには、画家から籍を取り復《かえ》されて、娘に養子が迎えられた。
 この女が、母子《おやこ》と一所にあり余る財産を持っていながら、いつも着物らしい着物を引っ張っていたこともなく、顔には白粉一つ塗らずに、克明な姿《なり》をして、家賃を取り立てて歩いているのがお庄には不思議なようであった。惰《なま》けものの美術家に縁づいて、若い盛りを嫌《いや》な借金取りのいいわけに過して来た話を、お庄は時々この女の口から聞かされた。
 
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