で行くことも出来なかったが、そのままそこを出る気にもなれなかった。幾度も声をかけようとしたが、咽喉《のど》が渇《かわ》きついているようで、声も出なかった。高座からは調子はずれの三味線の音ばかり耳について、二人並んだ芸人の顔なぞは、目にも入らなかった。二人は時々顔を見合って話をしていた。お庄はそのたびに胸がいらいらした。いつか番傘を借りて行ってから顔を覚えられてしまった、近所の折を拵える家の子息《むすこ》だという顎《あご》の長い中売りの男が、姿を見つけて茶を持って来ながら、
「お連れさんがそこへ来ていらっしゃいやすよ。」と言ってその顎を杓《しゃく》った。その時にお増が後を振り顧《かえ》った。磯野も振り顧った。
お庄は明けてくれた磯野の右側の方へ座を移した。
「人を出し抜いたり何かして随分ね。私を誘うという約束だったじゃありませんか。」と、少し強《きつ》いような調子で言った。
この前にも夜天神を散歩している時、お増は浮いた調子で磯野に歌を謳《うた》って聞かせたり、暗いところをしな垂《だ》れかかるようにして歩いていた。その時は男に媚《こ》びることに慣れている厭味なこの女のそうした癖だと思
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