ってはずかしげにしていたが、表に見えるほど柔順《すなお》ではなかった。お庄にはどこか調子はずれのところがあるようにも思えた。叔父は丸山へ行って碁を打っているうちに、この女と親しくなった。女は碁もかなりに打てたが、字なぞも巧《うま》かった。
 一ト晩中、女は安火《あんか》に当って、お庄母子に自分のして来たことを話して聞かした。田舎で親々が長いあいだ取り決めてあった許婚《いいなずけ》の人を嫌《きら》って北国の学校へ入っている男を慕って行った時のことなどが詳しく話された。女は暑中休暇に帰省している親類先のその男の家へ、養蚕の手助けに行っているうちに、男と相識《あいし》るようになった。
 男が学校へ帰って行ってから間もなく、女は目ぼしい衣類や持物を詰め込んだ幾個《いくつ》かの行李をそっと停車場まで持ち出して、独りで長い旅に上った。
「その時のことは、今から想《おも》うとまったく小説のようよ。」と、女は汽車のない越後から暗い森やおそろしい河ばかりの越中路を通るとき、男に跡を尾《つ》けられたことや脅迫されたことなどを話した。
 制裁の厳《きび》しい寄宿に寝泊りしていた男は、一、二度女の足を止めてい
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