餅の張り札や、カンテラの油煙を立てて乾鮭《からざけ》を商っている大道店などが目についた。
やがて湯島の伯母の家の路次口に入って行ったのが、九時近くであった。
「私のとこへは、小崎はまだ葬式《とむらい》の挨拶にも廻って来やしないぜ。」と、伯母は二階から降りて来て、火鉢の前に坐ると、めかし込んだお庄の様子をじろじろ眺めた。
「何だか会社を始めるとか、始めたとかいうことを聞いたが、そんな投機《やま》をやってまた失敗《しくじ》らなけアいいが。」伯母は苦い顔をしてこうも言った。
二階で糺の友達が多勢寄って花を引いていた。お庄はしばらく、そんな音を聞いたことがなかった。
「お前いくらか懐にあるだかい。」花には目のない伯母がにやにや笑いながら、段梯子を上って行くお庄に言いかけた。
その晩おそくまで、お庄はそこで花を引いていた。取られ分を取り復《かえ》そうと焦心《あせ》っているうちに、夜が更けて来た。連中には古くから昵《なじ》みの男もあり、もう髭を生やして細君を持っているらしい顔もあった。お庄はそんな中に交って燥《はしゃ》いだ調子で弁《しゃべ》ったり笑ったりした。
明日《あした》昼ごろに、お庄
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