ことになるか解らないと思った。拭き掃除をする気にもなれなかった。そしてバケツをそこへ投《ほう》り出したまま、うんざりしていた。
 叔父は出て行ったきり、二、三日家へ寄りつきもしなかった。
 その間に中学の先生だという例の男が、二度も来て店へ坐り込んでいた。お庄は色の褪《あ》せたインバネスに、硬い中折を冠ったその姿を見ると、またかと思って奥へ引っ込んで行った。火の気の少い店頭《みせさき》で、事務員はこの男と日が暮れるまで向い合っていた。男は近所の蕎麦屋《そばや》へ行って、空《す》いた腹を満たして来ると、赤い顔をしてまたやって来た。
「まだお帰りになりませんか。どこか心当りはありますまいかね。」男は楊枝《ようじ》で口を弄《せせ》りながら、奥を覗《のぞ》き込んで、晩飯を食べている三人の方へ声をかけた。
「ああして来て待っているのに、あんまりうっちゃり放しておいてもね。」と、お庄は晩飯をすますと、顔を直したり、着物を着替えたりして、仕立て直しの叔母の黒いコートを着込んで、叔父を捜しに出かけた。
 しばらく出なかった間に、町はそろそろ暮の景気がついていた。早手廻しに笹の立った通りなどもあった。賃
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