ことなしに座を起《た》つと、子供も火鉢の側を離れてうろうろしていた。お庄は泣き出す小さい子を負《おぶ》い出すと、手に玉蜀黍を持って狭い庭をぶらぶらしながら家の様子を見ていた。父と母とは台所で別々のことを働きながら言い合っていた。
お庄は薄暗い縁側に腰かけて、母親のことを気の毒に思った。放埓《ほうらつ》な気の荒い父親が、これまでに田舎で働いて来たことや、一家のまごつき始めた径路などが、朧《おぼろ》げながら頭脳《あたま》に考えられた。お庄が覚えてから父親が家に落ち着いているような日はほとんどなかった。上州から流れ込んで来た村の達磨屋《だるまや》の年増《としま》のところへ入り浸っている父親を、お庄はよく迎えに行った。その女は腕に文身《ほりもの》などしていた。繻子《しゅす》の半衿《はんえり》のかかった軟かものの半纏《はんてん》などを引っ被《か》けて、煤《すす》けた障子の外へ出て来ると、お庄の手に小遣いを掴《つか》ませたり、菓子を懐ろへ入れてくれたりした。長く家へ留めておいた上方《かみがた》ものの母子《おやこ》の義太夫語《ぎだゆうかた》りのために、座敷に床を拵《こしら》えて、人を集めて語らせな
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