暗かった。薄寒いような風が、障子を開けた縁から吹いて来た。母親はそこにいろいろな物を引っ散らかしていた。
「日の暮れるまで何をしてるだか……。」と、父親は舌鼓《したうち》をして、煙管《きせる》を筒から抜いた。
「何かやり出せア、それに凝って、子供に飯食わすことも点火《ひとも》すことも忘れてしまっている。」
母親は急に出ていたものを引っ括《くる》めるようにして、「忘れているというでもないけれど、着せる先へ立って、揚げが短いなんて言うと困ると思って。」
六
丑年《うしどし》の母親は、しまいそうにしていた葛籠《つづら》の傍をまだもぞくさしていた。父親が二タ言三言|小言《こごと》を言うと、母親も口のなかでぶつくさ言い出した。きちんと坐り込んで莨を喫《す》っていた父親が、いきなり起ち上ると、子供の着物や母親の襦袢《じゅばん》のような物を、両手で掻《か》っ浚《さら》って、ジメジメした庭へ捏《つく》ねて投《ほう》り出した。庭には虫の鳴くのが聞えていた。
お庄が下駄を持って来て、それを縁側へ拾い揚げるころには、父親は箒《ほうき》を持ち出して、さッさと部屋を掃きはじめた。母親がしょう
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