ていて気にかかった。後では一緒に碁など打って、平常《いつも》のような調子で別れたが、叔父の顔色はよくなかった。二人は事務員に帳簿を持ってこさして、長いあいだ細かしいことを話し合っていた。
「あの人は、もう手を退《ひ》きたいとでも言うだか。」
 ランプの下で、白足袋《しろたび》を綴《つづ》くっていた母親は、手の届かぬ背《せなか》の痒《かゆ》いところを揺《ゆす》りながら訊いた。
 叔父はお庄の退《ど》いた火鉢の前の蒲団に坐って、莨《たばこ》を喫《ふか》した。
「なあにそうでもない。あの男にとっては、大切な金だでやっぱり気を揉《も》むだ。」
「金を返せという話にでも来たろう。」
「それほど大した金でもない。」叔父は欠《あくび》をしながら言っていた。
 お庄は剛愎《ごうふく》なような叔父の顔を、傍からまじまじ見ていた。この会社の崩れかかっていることは、あれほど毎日集まって来た人が、にわかに足踏みをしなくなったことだけでも解ると思った。頚筋《くびすじ》や肩のあたりが、叔母のいたころから比べると、著しい痩せが目立って、影が薄いように思えた。
 叔父が出て行くと、やがて母子は差し向いに朝飯の膳に向っ
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