があっては困るでね。それよりかやっぱり口を捜して、月給を取っていた方が気楽のように思うがね。」母親は時々弟に頼むように意見をした。これという資本もない考案中の会社が、どうせいかさま[#「いかさま」に傍点]なものだということが、母親の頭脳《あたま》にも不安に思われた。
「まあ黙って見ておいでなさい。私も今となって、不味《まず》い弁当飯も食っていられないで。」
石川島へ出ている時分セメントの取引きをして親しくなった男や、金貸しや地所売買の周旋屋をしている丸山などと一緒に叔父はその会社を盛り立てようとしていた。中には古い友達の中学の先生もあった。
金六町の方に設けられたその事務所へ、やがて一家が引き移ることになった。そこは灰問屋と舟宿との間に建った河岸《かし》に近いところであった。
田舎から出た当時から、方々持ち廻ったお庄親子の古行李が、叔父の荷物に紛れて、またそこの二階へ積み込まれることになった。
五十四
この家の格子先へ、叔父の能筆で書いた看板が掲《か》けられたり、事務員募集の札が張られたりした。毎日寄って来る人たちは、店にならべた椅子|卓子《テーブル》によって、趣
前へ
次へ
全273ページ中168ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング