同は広小路の方へ出て、それから梅月《ばいげつ》で昼飯を食べた。大阪生れの丸山の内儀さんは、お庄にそう言って酒を一銚子誂えて、天麩羅《てんぷら》に箸をつけながら、猪口《ちょく》のやり取りをした。
 斑点《しみ》の多い母親の目縁《まぶち》が、少し黝赭《くろあか》くなって来た時分に、お庄の顔もほんのりと染まって来た。色の浅黒い、痩《や》せぎすな向うの内儀さんは、膝に拡げた手拭の上で、飯を食べはじめた。
 そこを出たのは、もう日の暮れ方であった。
 叔父がまた新たに成り立とうとしている会社のことで、家で仲間と相談会を開いていた。叔父は真面目な他の会社などへ勤めて、間弛《まだる》っこい事務など執っていられなかった。子供に続いて、妻が長患《ながわずら》いのあげくに死んでから、家というものを、あまり考えなくなった。それだけ心が安易にもなっていたし、緩《ゆる》んでもいた。
 しばらく絶えていた烏森の方へ、叔父はまたちょくちょく足を運び始めた。家にいる時は、寝ても起きても新しく企てられた会社のことを考えていた。
「どんな向きの会社だか知らないけれど、そんなことをやりはねて、また失敗《しくじ》るようなこと
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