でから、どう言われても帰る気になれなかった。それでも、その子が育ってでもいれば、また帰る気になったかも知れないけれど。」
「そうすれば、私たちだっていなかったかも知れないわ。」
「そうせえ。」と、母親は弛《ゆる》んだような口元に笑《え》みを浮べながら、娘の顔を眺めた。
 田舎の思い出|咄《ばなし》がいろいろ出た。お庄はべったり体を崩して、いつまでも聴き耽《ふけ》っていた。するうちに疲れたような頭脳《あたま》が懈《だる》くなって来た。
「叔父さんはまた内儀《かみ》さんを貰うでしょうか。」お庄は訊き出した。
「さあ、どうするだかね。先がまだ長いでね。」
 お庄は倦《う》み疲れたような心持で、壁に凭《もた》かかって、そこに取り散らかったものを、うっとりと眺めていた。

     五十三

 四十九日の蒸物《むしもの》を、幸さんや安公に配ってもらってから、その翌日《あくるひ》母親とお庄とは、谷中《やなか》へ墓詣りに行った。その日はおもに女連であった。公使館の通訳の細君に、丸山の内儀《かみ》さんたちが家へ集まって、それから一緒に出かけた。子供がよく遊びに来るので、近しくしていた向うのある大店《お
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