うしてって、家の遠いのも厭だったし、姑という人が、物がたくさんあり余る癖に吝《けち》くさくて、三年いても前垂一つ私の物と言って拵えてくれたことせえなかった。田地もあったが、種馬を何十匹となく飼っておいて、それから仔馬《こうま》を取って、馬市へも出せば伯楽《ばくろう》が買いにも来る――。」と、母親は重い口で、大構えなその暗い家の様子を話した。お庄は、そんなところにもいたのかと思って、口に泡をためている母親の顔を瞶《みつ》めた。
「その家じゃ機《はた》もどんどん織るし、飯田《いいだ》あたりから反物を売りに来れば、小姑たちにそれを買って着せもしたが、私《わし》には一枚だって拵えてくれやしない。万事がそれだで私も欲しくはなかったけれど、いい気持はしなかった。それで初産《ういざん》の時、駕籠《かご》で家へ帰ったきり行かずにしまったというわけせえ。」
「その人はどんな人さ。」
「どんなって、馬飼うような人だで、それはどうせ粗《あら》いものせえ。それでも気は優しい人だった。今じゃ何でもよっぽどの身上《しんしょう》を作ったろうえ。私はその時分は、身上のことなぞ考えてもいなかったで、お産のあと子供が死ん
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