もいい気保養をさしてもらいました。」と、姑は誰もいない部屋や、火の消えている火鉢のなかを寂しそうに眺めた。
二、三日めっきり涼気《すずけ》が立って来たので、姑は単衣《ひとえ》の上に娘の紋附の羽織などを着込んでいた。お庄も中形のうえに縞《しま》の羽織を着て、白粉を塗った顔を撫《な》でながら傍へ来て坐った。そして母親に小言をいいながら火を興しはじめた。
「たまに私《わし》が按摩でも取れば、じきに口小言だでね。」と、母親は座敷の方から寝ぼけたような声で言った。
「自分は遊んであるいて、そう親ばかりいじめるもんじゃないよ。」
「またあんな解らないことを言うんだよ。いくら遊んであるいたって、帰ってお茶一つ飲まずにいられますかね。そのための留守じゃありませんか。」お庄もやり返した。
「まあいいわね。」と、姑は優しい調子で宥《なだ》めた。「姉さまもお疲れなさんしたろうに、私でも帰ったら、またゆっくらと骨休めをなすって……。」
「そんなことを言や、病院で長いあいだ、夜の目も合わさずに看護したものはどうするでしょう。」お庄はまた母親をきめつけた。勝手の強い姑の伴《とも》ばかりして、毎日行かせられるのを
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