「さあ、あなたからお結いなすって……後はお婆さんにお庄に私くらいなものですで……。」
「そうですか。じゃお先へ御免蒙って……東京でもやっぱり島田崩しに結いますかね。」と、嫁はそこへこてこて[#「こてこて」に傍点]取り出した着替えをそっくり片寄せておいて、明るい方へ出て来て坐った。姑も側へやって来て、嫁の着物の衿糸《えりいと》を締めなどした。お庄はそこへ鏡台や櫛《くし》道具を持ち運んで来た。
「東京じゃもう、大抵毛捲きなんですがね。どうしましょうか。」髪結は油でごちごちした田舎の人の髪を、気味わるそうにほどいて梳《す》きはじめた。
お庄も母親も、取り外したその髪の道具に側から目をつけていた。
葬式《とむらい》にたつ人や、人夫に食べさすものを拵えている台所の方を、母親はその隙にまた見に行った。
「皆さんも、今のうち何か食べておおきなすって……。」母親はそこらを片寄せて、餉台《ちゃぶだい》の上へ食べ物を持ち運んだ。
お庄は食べる気もしなかった。
「あの人たちは、あれでなかなか金目《かねめ》のものを挿していますよ。」
「何しろある身上《しんしょう》だでね。」
お庄は隙になった茶の室《
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