死骸には、白い布《きれ》が被《か》けられて、薄い寝台の敷物のうえに、脚を押っ立てながら、安らかに臥《ね》かされてあった。母親は皆の顔を見ると、また泣き出した。そして側へ寄って死者の冷たい顔から、白い布《きれ》を取り除けた。衆《みんな》は寄ってその顔を覗き込んだ。

     四十八

「真実《ほんとう》にあっけないもんでござんした。」と、母親は目を擦《こす》りながら言い立てた。
「すっと息を引き取って行くところを、お医者さまたちは、傍に多勢立って黙って見ておいでなさるだけのものでございましたよ。それでいよいよ目を落してしまったところを見届けると、また黙って、各々《めいめい》すいと出ておいでなすってね。それに平常《いつも》はあんなに多勢入り交り立ち替り附いていて下すったのに、あいにく今朝は真《ほん》の私一人きりでね。」と、母親は後の方に立っているお庄の結立ての頭髪《あたま》や、お化粧をして来た顔に目をつけた。
「何のために使いをして下すっただか、こっちじゃ今目を落すという騒ぎだのに、行けば行《い》たきりで、気長にお洒落《しゃれ》なぞなすっておいでなさるでね。」母親はお庄に繰り返し繰り返し
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