しより》に替って、患者の傍の椅子に腰かけた。
 夜明け方から、叔母の様子があやしくなって来た。寝台に倚《よ》りかかって、疲れてうとうとしていたお庄が目をさますと、看護婦が出たり入ったりしていた。助手も注射器を持って入って来た。
 お庄は外の白《しら》むのを待って、俥を築地へ走らせた。

     四十七

 家の戸がまだ締っていた。格子戸も板戸も開かなかった。お庄は俥屋を表に待たしておいて、裏口へ廻って、母親を呼んだ。母親は「おいおい。」と返辞をしながら出て来た。
「どうしたえ。お此さんの容体がまた悪いだか。」母親は台所の框《かまち》に腰掛けて訊いた。
 お庄も懈《だる》い体を水口の柱に凭《もた》せかけながら、叔母の容態を話した。
「それじゃとうとう駄目だかな。」と、母親はがっかりしたように言って、天窓を引いたり、窓を開けたりした。
「それでもまあ保《も》った方さ。あのくらいにして駄目なのなら、よくよく寿命がないのだ……。」
 叔父がまた家を開けていた。
「丸山さんへ行って、花でも引いているら。」と母親は昨夜《ゆうべ》も二時ごろまで待たされたことを話しながら、床をあげたり、板戸を開けた
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