。この部屋へよく遊びに来る、軽い脚気患者の、向うの写真屋のハイカラ娘とも、ちょくちょく口を利くようになった。お庄は叔父のいいつけで、この連中へ時々すしや蕎麦《そば》のようなものを贈った。叔母が別品だと言った助手が、西洋料理などを取り寄せて食べているのを見て、お庄は時々口に手※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》を当てて思い出し笑いをした。
「ああ、何て暑い晩でしょう。」お庄はその入口に膝を崩して、ベッタリ坐った。
「暑けアこの上の物干しへでもお上んなさい。」そこにワイシャツ一つになって臥《ね》そべっていた知合いの医員は、傍《はた》から揶揄《からか》うように言った。
 糺の兄弟の噂が二人の間に始まった。糺に近ごろ女が出来たということも男がお庄に話して聞かした。
「そうですかね、私ちっとも知りません。」お庄は顔を赧《あか》らめて、子猫のような低い鼻頭を気にして時々指で触った。
 お庄は暗い物干しで、しばらく涼んでいた。中形の浴衣《ゆかた》に、夜露がしっとりして、肩のあたりが冷たくなって来た。
 暑い病室へ入って行くと、患者の呻吟声《うめきごえ》がまた耳についた。お庄は老婦《と
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