に、老婦《としより》はまたお饒舌《しゃべり》を始めていた。
やがて母親は済まぬ顔をして、茶の室《ま》の方へ出て来た。
「あの人は妙なことを言う人だえ。」母親は白い目をしてお庄に呟いた。
「何でも彼でも、自分の家で拵えてやったようなことばかり言うでね。それもいいけれど、あの紋附を、もうお此《この》さんには派手だで、帰るとき田舎へ持って行ってお花さんに着せるそうだよ。」
「いいわねそんなこと……私は叔父さんにまた拵えてもらうから。」お庄は日焼けのしたような顔を手巾《ハンケチ》で拭いた。
「どこから捜して来たか、あの碧《あお》い石の入った大きい指環《ゆびわ》まで出して来て、指環というものはまだ嵌《は》めたことがないで、少しお借り申したいなんてね。」と、母親は歯茎《はぐき》に泡を溜めながら言い立てた。
昨日《きのう》から家中引っ掻き廻している、老婦《としより》の仕打ちが、母親にはくやしくもあった。
「どれさ。」と、お庄は邪慳《じゃけん》そうに訊いた。
「ほれ、あの……いつか丸山さんとお対《つい》に、叔父さんが拵えたのがあるじゃないかえ。」母親は急《せ》き込んで、同じようなことを幾度も繰り返
前へ
次へ
全273ページ中143ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング