来てもくれなかったとか、気塞《きづま》りな病院よりも他に面白いところがあるから来なかったのだとか、愚にもつかぬことを言い出して、叔母は終いに泣いた。
「どこも行くところなぞありゃしない。私《わし》ア丸山さんのとこで捕《つかま》って花を引いていたんだ。」と、叔父は小川町の通りで買って来たばかりのウイスキーの口を開けて、メートルグラスに注《つ》いで飲んでいた。
「それは何でござんすね。」と、叔母は淡《うす》い橙色《オレンジいろ》のその盞《コップ》を遠くから透《すか》して見た。
「自分ばかり飲まないで、私にも少し飲まして下さいよ。」叔母は水張った蒼白い手を延ばした。
「こんなもの飲めば死んじまう。」叔父は渋い顔をして、瓶に口をさすと、それを寝台の端の方へ隠した。そして、ごろりと背後向《うしろむ》きになって懈《だる》い目を瞑《つぶ》ろうとした。
「いやな人だね、後向きなぞになって……病気をするものはどのくらい割りがわるいか。」叔母はじろじろ叔父の寝姿を見ながら溜息を吐いた。昼眠れば夜は眠れないのが自分には苦しかった。
昼からお庄は、汚れた病人の寝衣《ねまき》や下の帯のようなものを一包み蹴込み
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