時ごろの暑い日がさして来た。そこへ院長が、助手を二人つれて入って来た。
 院長が先の見えすいている患者の体に綿密な診察をしている間、叔母は傍に立っている、髭《ひげ》のちょんびりした、愛嬌《あいきょう》のある若い助手の顔を、下からまじまじ眺めていた。
「この助手さんは別品だねえ――。」と言って、狂気《きちがい》じみた笑い方をした。
 お庄も看護婦も、後の方でくすくす笑い出した。
 厳粛な院長は、にっこりともしないで、じっと聴診器に耳を当てていた。披《はだ》けた患者の大きい下腹が、呼吸《いき》をするたびにひこひこして、疲れた内臓の喘ぐ音が、静かな病室の空気に聞えるのであった。
 院長は、物慣れた独逸語《ドイツご》で、低声《こごえ》で助手に何やら話しかけると、やがて静かに出て行った。
 お庄は後でしばらく笑いが止らなかった。
 夕方になると、叔母はまた叔父の来ないのに、気を焦立《いらだ》たせた。お庄は幾度となく家へ電話をかけた。

     四十五

 六尺ばかり隔てをおいて、寝台のうえに臥《ね》ていながら、叔母と叔父とは嫉妬喧嘩《やきもちげんか》をした。昨夜《ゆうべ》あのくらい電話をかけて
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