も食ったり飲んだり、お饒舌《しゃべり》をしていなければ気が済まなかった。
「私の病気がよくなったら、阿母さんもゆっくり東京見物でもして下さいよ。」病人は寝台のうえから話しかけた。
「私もこんなことでもなければ、めったに出て来るようなこともないでね。」母親は、銀の延べ煙管《ぎせる》に莨《たばこ》をつめて、マッチで内輪に煙草を吸っていた。
このごろ田舎で見た、東京役者の芝居の話などが始まった。東京で聞えた役者のことをこの母親もなにかとなく知っていて、独りで調子に乗って弁《しゃべ》った。
母親が出て行くと、病室はにわかに淋しくなった。暑い日中、熱に浮かされたような患者は、時々|床《ゆか》の敷物のうえに疲れて居睡《いねむ》りをしているお庄を、幾度となく呼んだ。お庄があわてて枕頭《まくらもと》へ顔を持って行くと、叔母は鈍いうっとりした目を開いて、一両日姿を見せない叔父のことを気にかけて訊いた。
「叔父さんに急いで来てもらうように、電話でそう言ってね……。」と、患者は囈言《うわごと》のように呟《つぶや》いた。
患者も附添いも倦《う》んだように黙って、離れていた。埃深い窓帷《まどかけ》には、二
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