を撫《な》でながら言い出した。二、三日側についていると、母子の間にもう大分話の種がなくなってしまった。来ると早々窮屈な病室の寝台などに臥《ね》かされて、まだろくろく帯を釈《と》いて汽車の疲労《つかれ》を休めることすら出来なかった。
牛乳とスープだけで活きている叔母が時々、「ああ、おいしいおこうこでお茶漬が食べたいね。」と唸ると、老婦《としより》は傍からもどかしがって、看護婦に尋ねてみたが、看護婦やお庄は笑っていて取り合わなかった。
「院長さんに伺ってみましょう。」看護婦はその場のがれに言って出て行った。
「それでも、ちっとは何か食べさすものの工夫がつきそうなものだね。」と、母親は隅の方で、お庄が運び込んで来ておいた、細かいかき餅の鑵《かん》を見つけて振って見たり、籠《かご》のなかの林檎《りんご》を取り出して眺めたりした。そして口淋しくなると、自分でポリポリ摘《つま》んで食べては、お庄に田舎の嫁の話などをして聞かせた。その嫁の荷のたくさんあることが母親の自慢であった。夜になると、母親はまた腹をすかして、お庄に近所で鮨《すし》を誂《あつら》えさせ、そっと茶盆を持ち込ませなどして、少しの間
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