好まなかった。
「どうか早く癒って帰るようになっておくれよ。」母親は目に涙をためながら、門まで出て、担ぎ出される吊り台の中を覗き込んだ。
「留守を何分お願い申します。」と叔母は喘ぐような声で言った。
 叔父と糺とは、提灯《ちょうちん》をさげた植木屋と一緒に、黙って吊り台の傍へ附き添ったが、その灯影にちらちら見える人々の姿の見えなくなるまで、母親とお庄は門に立って見送っていた。静かな夜であった。

     四十三

 この病人には、おもにお庄と、田舎から出て来た病人の母親とが、附き添うことになった。
 田舎の母親の出て来たのは、入院した翌日《あくるひ》の晩方であった。お庄はその日、朝はやく手廻りのものを少し取り纏《まと》めて、それを持って病院へ行った。病室には、糺が知合いの医員に話して、自由を利《き》かせて、特別に取り入れた寝台のうえに、叔父が一人、毛布を着てごろりと転がっていた。床《ゆか》の上には、蓙《ござ》を敷いて幸さんも寝ていた。看護婦と雑仕婦とが、体温を取ったり、氷の世話をしたりしている。朝の病院は、どの部屋もまだ静かであった。
 叔父と幸さんとは、食堂の方で、賄《まかな》いか
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