ら取った朝飯を済ましたり、お庄が持ち込んで行ったお茶や菓子を食べたりしてから、やがて十時ごろに帰って行った。
「それじゃ私はまた来るから……。」と、叔父は深いパナマの帽子を冠《かぶ》って、うとうとしている病人の枕頭《まくらもと》へ寄ると、低声《こごえ》に声をかけた。
体を動かすことの出来ない病人は昨夜《ゆうべ》初めて特に院長の診察を受ける時、手を通しやすいように、濶《ひろ》くほどかれた白地の寝衣《ねまき》の広袖から、力ない手を良人の方へ延ばした。「私もこんな体になって、いつどんなことがあるか知れないで、夜分だけはどこへもお出なされないようにね。」と、水ッぽいような目で叔父の顔を眺めながら言った。
叔父は頷《うなず》いて見せた。
「そのうちには阿母さんもきっと出て来るで。電報は遅くも昨夜《ゆうべ》のうちに着いているはずだからね。」
お庄は母親の来るまで、病人の側に一人でいた。そして雑仕婦に手伝って、時々氷を取り換えたり、下《しも》の方の始末をしたりした。氷は頭と言わず、胸といわず幾個《いくつ》も当てられてあった。もう長いあいだの床摺《とこず》れも出来ていた。
「重い患者さんね。」と
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