い出そうとしても何の印象も残っていなかった。お庄はその着物を見ながら、げらげら笑い出した。三十にもなって、まだ初産《ういざん》のような騒ぎをしている叔母の様子がおかしかった。
「四十になって初産する人だって、世間には随分ありますよ。お庄ちゃんだってなにかと言ってるうちに、もうじき三十ですよ。」
「三十ですって……。」お庄はあまり嵩高《かさだか》なような気がして、そんな年数《としかず》の考えが、どうしても頭脳《あたま》へ入らなかった。
「私三十なんて厭ですね。」
「厭だってしかたがない、もう目擦《めこす》る間《ま》だから。それにお嫁にでも行って自分で世帯を持ってごらん、それこそすることは多くなって来るし、苦労は殖えるばかりだし、年を拾うのがおかしいくらい早いものですよ。」
 産婆が、手提鞄《てさげ》をさげてやって来ると、叔母は四畳半の方へ自分で蒲団を延べて、診てもらった。
「男か女か、まだ解りませんかね。」叔母は腹を擦《さす》っている産婆に気遣《きづか》わしげに訊《き》いた。
 お庄は手洗い水を持って行って、襖《ふすま》の蔭で聞いていた。
「そうね、解らないこともありませんよ、まア男と思
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