だか……。」と、叔母も業腹《ごうはら》のような笑い方をした。
「好きというでもないけれど……。」と、母親はやっと性がついたような顔をあげた。
 お庄はせッせと札を匣《はこ》へしまい込んで、蒲団《ふとん》の上に置いた。まだ寝るには早かった。三人は別の部屋へ散って行った。
 母親は、茶の間の方で、また針箱を拡げはじめた。するうちに、叔父が講釈の寄席《よせ》から帰って来た。
 淋しくなると、叔父はよくお庄を引っ張り出して、銀座の通りへ散歩に出かけた。芝居や寄席のような、人の集まりのなかへも入って行ったが、傷《て》を負ったようなその心は、何に触れても、深く物を考えさせられるようであった。お庄は高座の方へ引き牽けられている叔父の様子を眺めると、いたましいような気がしてならなかった。叔父の横顔には、四十前とは思えぬくらい、肉の衰えが目に立った。
「私も、もう一度は盛り返してみせるで、その時は、お前にだって立派な支度をしてくれる。」と、叔父は通りの陳列などを見て行きながらいいわけらしくお庄に言って聴かせた。
 築地で掛りつけの医師に、局部を洗ってもらっていた叔母の妊娠だということが、間もなくその医師
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