主婦《あるじ》は落ち着いて酒も飲んでいなかった。そしてじろじろ子供たちの顔を見ながら、「為さあはこれから何をするつもりだか知らねえが、こう大勢の口を控えていちゃなかなかやりきれたものじゃない、一日でも遊んでいれアそれだけ金が減って行くで。」
父親は平手《ひらて》で額を撫《な》であげながら、黙っていた。父親の気は、まだそこまで決まっていなかった。行《や》って見たいような商売を始めるには、資本《もと》が不足だし、躯《からだ》を落して働くには年を取り過ぎていた。どうにかして取り着いて行けそうな商売を、それかこれかと考えてみたが、これならばと思うようなものもなかった。
「私《わし》も考えていることもありますで、まア少しこっちの様子を見たうえで。」と、父親はあまりいい顔をしなかった。
「相場でもやろうちゅうのかえ。」主婦《あるじ》はニヤニヤ笑った。
「そんなことして、摺《す》ってしまったらどうする気だえ。私《わし》はまア何でもいいから、資本《もと》のかからない、取着きの速いものを始めたらよかろうかと思うだがね。」
父親は聴きつけもしないような顔をしていた。
「それに一昨日《おととい》神田の
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