うな噂も伝わった。
霖雨《ながあめ》で、大谷川《だいやがわ》の激流に水が出たということが、新聞で解った時、叔母は蒼くなって心配した。そしてお庄と一緒に良人の安否を八方へ聴き合わした。
十月の末に、家から電報で取り寄せた旅費で、からがら帰って来た叔父はひどい睾丸炎《こうがんえん》で身動きもならなかった。
三十八
お浜という茶屋の女中をつれ出して、近所の料理屋へ行った叔父を送り出してから、叔母は屈托《くったく》そうな顔をして、今紙入れを出してやった手箪笥の鍵《かぎ》を弄《いじ》りながら、そこに落胆《がっかり》して坐った。
「私がせッせと骨を折って、家を始末したって、これじゃ何にもなりゃしないわね。」と、叔母は散らかったそこらを取り片着けているお庄に零《こぼ》すともなく溜息をついた。
お庄は前《ぜん》に茶屋の店頭《みせさき》でちょっと口を利いたことのあるその女が、手土産に持って来てくれた半衿《はんえり》を、しみじみ見ることすら出来ずにいた。半衿は十六のお庄には渋過ぎるくらいであったので、お浜は、最中《もなか》の折と一緒に取次ぎをしてくれたお庄の前に差し出してから、年を聞
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