う、それならば、もう少し前にお連れの方と御一緒にお帰りになりましてすよ。」
「そうですか。」と、お庄は考えていた。
「まアお上んなさいまし。」長火鉢の方に坐っていた四十四、五の、これも色の黒い女が奥から声かけた。
「小崎さんは、かれこれもうお宅へお着きの時分でございますよ。」
 お庄は何だか嘘のような気がした。
「急に用事が出来たものですからね、今夜もし帰らないようだと家で大変困るんです。」
 内儀《かみ》さんはそれぎりほかの方へ気をとられていた。若い女も酸漿を鳴らしはじめた。お庄は叔母から、叔父の上る楼《うち》まで行って突き留めなければ駄目だと言われたことを憶《おも》い出して、しばらく押し問答していた。
「それじゃ念晴しに行ってごらんなさいまし。御案内しますから。」と女は笑いながら言い出した。
「それがいいでしょうよ。花魁《おいらん》の部屋もちっと見ておおきなさいまし。」内儀さんも言った。
 お庄は店頭《みせさき》へ出してくれた出花《でばな》も飲まずにまた俥に乗った。
 家へ帰ると、叔父はもう着いていた。奥の四畳半で、一ト捫着《もんちゃく》した後で、叔父の羽織がくしゃくしゃになって隅
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