へ問い合わしても、叔父のその後の居所が解らなかった。
「あの晩の電話だって、どこからかかって来たのだか解りゃしない、お庄ちゃんこの間の紙入れを貰って、それで叔父さんと共謀《ぐる》になっていやしませんか。」猜疑深《うたぐりぶか》い叔母は淋しい顔にヒステリー性の笑《え》みを洩《も》らした。
 お庄は呆《あき》れた顔をしていた。そうしてから笑い出した。
「そうでしょう。」叔母は火鉢の縁を拭きながら言った。
「私そんなことしやしませんよ。あの時はもう確かに社長さんのお宅だったんですもの。」お庄は真顔になった。
「それじゃそうかも知れない。」叔母は苦笑した。
 それからお庄は、また方々電話で聞き合わした。近いところは歩いて尋ねて見た。終いには洲崎《すさき》の引手茶屋へ問い合わしてみると、そこでは返事が少し曖昧であった。お庄はそれから叔母に相談して、俥でそこまで出かけて行った。その晩会社の方では叔父がいなければ解らないような用事が出来ていた。
 お庄を載せた俥は、だんだん明るい通りを離れて暗いしっとりした町へ入って行った。舟や材木のぎっしり詰った黒い堀割りの水に架《かか》った小橋を幾個《いくつ》と
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