お》いと油煙と人瘟気《ひといきれ》とで、呼吸《いき》のつまりそうな通りをおりおり涼しい風が流れた。お庄は背《せなか》や股《もも》のあたりにびっしょり汗を掻きながら、時々蓄音機の前や、風鈴屋の前で足を休めて、背《せなか》で眠りかける子供を揺り起した。汚い三尺に草履《ぞうり》を突っかけた職人などが、幾度となくお庄の顔を覗いて行った。「こんなに若くて子持ちかい。」などと大声に言って、後から押して来る連中もあった。
 帰って子供を卸《おろ》してから、お庄は袂《たもと》のなかに悪戯《いたずら》されたことにやっと気がついた。
 翌日お庄は、涼しい朝のうちに、水口の外へ盥《たらい》を持ち出して、外の浴衣と一緒に昨夜《ゆうべ》の汚れものの洗濯をしていた。手拭を姉さん冠《かぶ》りにして着物を膝までまくって、水を取り替え取り替え滌《すす》いでいた。そこへ腹掛けに半纏《はんてん》を着込んだ十三、四の子供が、封書のようなものを持って来た。そして、「……公が、ちょっとこれを見て下さいッて。」と言ってお庄に手渡した。
「変な小僧さんが、こんなものをくれましたよ。」とお庄は前垂で手を拭き拭き上へあがって、叔父の前へ
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