どへ出かけた。
叔母はどこへ行っても、気の浮き立つというようなことはなかった。好きな芝居を見に行っても、始終家のことを気にかけていた。お庄は倹約家《しまりや》の叔母が、好きな狂言があるとわざわざ横浜まで出向いてまで見に行くのを不思議に思った。たび重なると叔母は袋へ食べ物などを仕入れて行ってお庄と二人で大入り場で済まして来ることもあった。
家にいると、仕立てものをするか、三味線を弾《ひ》くかして、やっと日を暮したが、そうしていてもやはり心が淋しそうであった。
「私は子がないので真実《ほんとう》につまらない。」お庄と二人で裁物板《たちものいた》に坐っている時、叔母は気が鬱《ふさ》いで来るとしみじみ言い出した。
「お庄ちゃんを貰って養子でもしようかね。」叔母は時々そんなことも考えた。そして親身《しんみ》になって着物の裁ち方や縫い方を教えた。少しは糸道が明いているのだからといって、三味線も教えてくれた。お庄は体の大きい叔母と膝を突き合わして、湯島の稽古屋《けいこや》で噛《かじ》ったことのある夕立の雨や春景色などを時々一緒に謳《うた》った。叔母の知っている端唄《はうた》なども教わったが、声が
前へ
次へ
全273ページ中102ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング