んと顔出しをしなくなったし、ちょいちょい金を貸してあった人たちも、かんぎら[#「かんぎら」に傍点]ともしなかった。
そんな話が長く続いて、母子《おやこ》の目はいつまでも冴《さ》えていた。
「姉さんの家はどんなとこだえ。」と、弟はもう捲莨《まきたばこ》などを喫《ふか》して、お庄に訊いた。
「今までのように、不断にお鳥目《あし》を使ったり何かしちゃいけないからって、今阿母さんともその話をしていたのさ。」
「それアそうさ。私だってそんな白痴《ばか》じゃないよ。」と、お庄は磯野との関係以来、自分がさもだらしのない女のように、衆《みんな》に思われているのが切なかった。誰よりも一番苦労をして来たことも考え出された。
「見かけによらない、私はこれで苦労性ですよ。」と、お庄は長い指に莨を揉んで、煙管に詰めながら言った。話そうと思って来たことを、二人の前に打ち明けることも出来なかった。
「何だか知らないけれど、皆な運が悪い。」と、母親は、この家が畳まれてからの、自分の体の行き場のないことを零《こぼ》した。
「湯島で来ておれと言うだけれど、たびたびのことだし、そうも行かないでね。」
衆《みんな》のまごついているのを、田舎に傍観している父親のことが、また噂された。廃《すた》れ株《かぶ》の買占めで失敗《しくじ》ってから、家のばたばたになった本家の後始末に気骨を折っている父親が、このごろは皆なの思うほど気楽でもないことは、こっちへも解って来た。本家が銀行から差押えを喰って、ぴたぴた庫《くら》を封ぜられ、若い主《あるじ》が取り詰めたようになって気の狂い出したという消息の伝わったのは、お庄が行ってから間もないことであった。
頭脳《あたま》に異状のある本家が、わざわざ町から診察に来た医師《いしゃ》の頭を、撲《なぐ》り飛ばしたということを言い出して、正雄もお庄も、腹を抱えて笑った。
宵から奥で寝ている叔父が、目をさましたと見えて、力ない咳《せき》の声が洩れて来た。
七十六
家へ帰って行ったのは、その翌々日の午後であった。それまでお庄は伯母の家へ行ったり、親しい近所の家を訪ねたりして遊んでいた。伯母の家では、相変らず皆と花など引いたが、その間も心は始終今の家に辛抱していいか悪いかということについて思い惑うていた。
「前途《さき》に見込みがないから、私もうあすこを逃げてしまおうかとも思っているんです。」と、お庄は思い断《き》って伯母や糺にも、自分の心持を打ち明けてみたが、二人ともあまり真面目に聞いてもくれなかった。
「そんなことを言って、今家へなんか帰ってどうするつもりだい。」と、伯母は頭ごなしに言って、先の家の深い事情などは、ろくろく考えもしないらしかった。
「むやみなことをして、中へ入った浅山の顔を潰《つぶ》すようでも悪いじゃないか。」と、糺も言った。
始終聞きたい聞きたいと思い続けていた磯野やお増のことを、お庄は時々言い出そうとしたが、それも詳しくは二人の口から聞き出すことが出来なかった。
「何だかまた別れたとかいう話だぜ。」と言って糺は笑っていた。
芳村が前からよく行きつけていた碁会所の娘と約束が出来て、そこへ荷物を持ち込んで引っ越すようになってから、お増がまた気を焦《あせ》って、このごろでは磯野の手を離れて、芳村との関係が旧《もと》へ復《かえ》ったとか、芳村がお増をどこかに隠しておくとかいうことだけは、糺の話でも解った。お庄は磯野と自分との縁が、またどこかで繋がれていそうな気もして、もどかしいようであったが、こっちから訪ねて行く心にもなれなかった。
お庄は、叔父がいよいよ田舎へ帰るようになったら、ちょっと報《しら》してほしいとそのことを母親に頼んで帰って行ったが、途中で小石川の伝通院前の赤門の家で占いの名人のあるということを想い出して、ふとそこへ行って観《み》てもらう気になった。占いやお神籤《みくじ》はこれまでにも、たびたび引いて見たことがある。磯野との縁が切れそうになった時も、わざわざ水天宮で御籤《みくじ》を引いた。その時の籤はそんなに悪くもなかったが、三十過ぎるまでは、心に苦労が絶えないというようなことは、一、二度|売卜者《うらない》にも聞かされた。着ることや食うことには大して不足もないが、処《お》るところがまだ決まらないというようなことも言われた。
赤門ではその日がちょうど休日《やすみ》であった。お庄はさらに伝通院横にある、大黒の小さいお寺へ行って、そこに出張っている法師《ぼうず》に見てもらうことにした。
派手な衣を着けて、顔のてらてらしたその法師《ぼうず》は、じろじろお庄の顔を見い見い水晶《すいしょう》の数珠玉《じゅずだま》などを数えていたが、示されたことはあまり望ましいことでもなかった。法師は古びた易書を繰って
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