いと言って、傍で笑っていたが、一同はお庄を連れて押しかけて行った。
「誰の許しであなたは人の家へなんか入って来ました。家宅侵入罪ですよ。」と、お増はこわい目をして、磯野を外へ連れ出すつもりで、独りで入り込んで行ったお庄を睨《ね》めつけながら呶鳴《どな》った。
「いいじゃありませんか。私は磯野さんに用事があって来たんですから。あなたこそ誰に断わって磯野さんなどをこんなところへ引っ張り込んでいるんです。」
「引っ張り込もうとどうしようと私の勝手ですよ。そのために、あなたにもお断わりしたんじゃありませんか。」
「いいえ、私はまだ磯野の口から、一言も断わりを言われたことはありません。あなただって、芳村さんという人があるじゃありませんか、あんまりずうずうしいことをなさると私がいいつけてやるからいい。」
「ええいいんですとも。芳村が帰って来たって、私逃げも隠れもするじゃありません。よけいな心配などして頂かなくとも、私が綺麗に話をつけて別れますよ。憚《はばか》りながら、そんな意気地のないお増じゃありませんよ。」
 二女《ふたり》は長い間、凄《すご》い勢いで言い合った。傍で制する磯野の語《ことば》も耳に入らなかった。
「あなたになぞ係り合っていませんよ。」と、お庄は終《しま》いに磯野の方へ向いて、
「磯野さん、ちょっとそこまで私と一緒に来て頂戴。」
「お気の毒ですが行きゃしませんよ。磯野は私の良人《おっと》です。」
 お庄は糺や友達に呼び出されて、そのまま引き取った。田舎から出て来た芳村は、上野へ着くとすぐその足でお庄の家へやって来た。友達からの報知《しらせ》を受け取った時、芳村は何のこととも想像がつかなかったが、すぐ宿へ乗り込むのは不得策だということだけは、電文にも書き入れてあった。
 一同《みんな》から事情を聞いてから、芳村は自分の宿へ帰って行った。

     六十六

 その晩芳村は行ききりであったが、お増と綺麗に手を切ったことは、翌朝芳村が友達のところへやって来てから、やっと解った。そのことを話しに二人はお庄のところへもやって来た。
 芳村は旅の疲労《つかれ》やら、昨夜《ゆうべ》の騒ぎやらでめっきり顔に窶《やつ》れが見えた。今朝友達の宿で飲んだ酒の気もまだ残っていた。
「それにしても可哀そうな女です。彼《あれ》自身も思い設けない結果になってしまって――。」と、芳村はまだ女の心持を愍《あわれ》んでいた。
「それにしても随分ずうずうしいやね。」と、友達は芳村から聞いた昨夜《ゆうべ》の事情を、お庄や母親の前で話した。磯野とお増とが、芳村の顔を見ると、いきなり二人がそうなった動機を話して、芳村にも同情してくれろと言ったことや、お増が部屋にあったいろいろの世帯道具や夜の物、行李《こうり》のなかの芳村の持物までを強請《ねだ》って、おおかた|浚《さら》って行ったことなどが、憎さげに話し出された。
「それで磯野と一緒に出て行ったんですか。」と、お庄はあの部屋を出て行った二人の様子を心に描いた。
「それでも出て行くとなれば、あまりいい心持はしなかったろうがね。」と母親も傍から口を利いた。
「今度こそは、意地にも添い通して見せるなんて言って出ては行きましたがね、長持ちがするかどうかは疑問ですよ。」と言って、淋しく笑っている芳村の顔では、女がまた自分の懐に復《かえ》って来る時が、きっとあるものと信じているらしかった。
「どうせ一人を守っちゃいられない女なんだからね。」友達が言った。
「そうなんでしょうね。あの人は私の聞いているだけでも、随分いろいろの人を知っていましたからね。」と、お庄も芳村の心をもどかしく思った。
 二階に寝ていた叔父が起きて来てから、芳村は昨夜《ゆうべ》托《あず》けておいた鞄を提げ出して、やがて友達と一緒に帰って行った。叔父は淋しい朝飯の膳に向いながら、母子《おやこ》がしている磯野らの噂に耳を傾《かし》げていた。
「お庄も、築地にいる時分にどこかへ片着けておくだったい。」と、母親はお庄の厭がる弟の給仕をしながら、以前のことを思い出していた。運の向きかけて来てから、まだまだ前途があるように言っていた弟が、こんなにばたばたと息ついて来ようとは思わなかった。
 お庄はすることが手に着かなかった。縫直しに取りかかろうとしていた春着の襦袢《じゅばん》なども、染物屋から色揚げが届いたばかりで、この四、五日のどさくさ紛れに、まだ押入れへ突っ込んだままであった。ひとしきり自分の体に着くものと決まっていた数ある衣類も、叔父に言われて、世帯の足しに大方|余所《よそ》へ持ち出してしまった。磯野が時に工面《くめん》に行き詰ったおりおり、母親に秘密で、二人でそっと持ち出して行った品も少くなかった。今度磯野に逢ったら、せめてそれだけでも取り返す工夫をしなければな
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