じめた。
四十九
「田舎の人は真実《ほんとう》に物が解らない。」と、お庄はまだ叔母の母親に言われたことが、頭脳《あたま》にあった。
お庄は手伝いに来ている安公のところの、お留という十四、五の娘にいいつけて買わした、乾物や野菜ものをそこへ拡げながら、お通夜《つや》の人に出す食べ物の支度に取りかかろうとしていた。母親のお安も仕事の手を休めて、そこへ来て見ていた。お庄は蓮《はす》の白煮を拵《こしら》えるつもりで皮を剥《む》きはじめた。傍には笹《ささ》ばかり残った食べ荒しの鮨《すし》の皿や空《から》になった丼《どんぶり》のようなものが投《ほう》り出されてあった。
奥ではもう湯灌もすんで、仏の前にはいろいろの物が形のごとく飾られ、香の匂いが台所までも通って来た。座敷の話し声が鎮《しず》まったと思うと、時々|鈴《りん》の音などが聞えて来た。
「お婆さんたちは何にもしないで、病人の傍にめそめそ泣いてればいいと思って。それは病人だって、大切にしなけれアならないけれど、そのために看護婦がつけてあるんじゃないか。病院だって、叔母さんだけが患者じゃないんだわ、お婆さんは真実《ほんとう》に勝手が強いんだよ。」
「なにかと言ったって、お此さんは幸福《しあわせ》せえ。田舎じゃどうして、あんな手当ては出来るもんじゃない。」母親も言った。
「どういうものでしょうかね、明日《あした》の葬式《とむらい》に小崎さんはおいでなさるでしょうね。」
丸山の主《あるじ》が、何やら長い帳面と筆とを持って、白足袋を気にしながら、散らかった台所口へ来てしゃがんだ。
「そうでござんすね。」と、母親は椎茸《しいたけ》を丼で湯に浸《つ》けていながら、思案ぶかい目色《めいろ》をした。
「後《あと》を貰うものとすれば、やっぱりお寺まで行くべきものでしょうかね、弟もまだ四十にゃ二、三年|間《ま》のある体だもんですからね、これぎり貰わないっていうわけにも行きませんか知らんて。」
「それアそれどころじゃない。」
「それとも、田舎から姑《しゅうとめ》も来ているものですから、お葬式《とむらい》の時だけは遠慮すべきもんでしょうか。」
「あらかじめ再婚を発表するようでもあまり感服しないでね。」丸山はこういって、母親とお庄の顔を見比べた。
「それでお庄ちゃんは香炉持《こうろも》ち、正ちゃんがお位牌《いはい》、それアようござんすね。」
「まアそういった順ですかね。」
葬儀社が来たとか言って、丸山は奥へ呼び込まれて行った。
叔父はぼんやりしたような顔をして、時々そこいらへ姿を現わした。
「電報はもう届いていますらね。」と叔母の母親も、田舎の伜《せがれ》夫婦の出て来るか来ぬかを気にしては、訊いていた。
この晩、お庄は経を読んでいる法師《ぼうず》の傍へ来て坐る隙《ひま》もなかった。座敷の方が散らかって来ると、丸山の内儀《かみ》さんと一緒に、時々そこらを取り片着けて歩いた。そしてまた新しく酒や食べ物を持ち運んだ。
夜が更《ふ》けてから、母親は昼間しかけておいた、お庄の襦袢《じゅばん》などを、茶の間の隅の方で、また縫いにかかった。
「私はそれじゃ、御免|蒙《こうむ》って少し横にならしておもらい申しますわね。」
叔母の母親は、ひとしきり仏の前へ行って来ると、脹《は》れ爛《ただ》れたような目縁《まぶち》を赤くして、茶の室《ま》の方へ入って来た。そして母親と一緒に茶を飲んだり、煮物を摘《つま》んだりしていた。
「さあさあ明日もあるもんだて、一ト休みお休みなすって……。」と、母親も眠い目をしながら、四畳半の方から掻捲《かいま》きや蒲団を持ち出して来てやった。
静かになった座敷の方からは碁石の音などが響いて来た。
五十
「さあ皆さん打《ぶ》っ着けてしまいますよ。」葬儀屋の若いものと世話役の安公とが、大声に触れ立てると、衆《みんな》はぞろぞろと棺の側へ寄って行った。
細長い棺の中には、布《きれ》の茶袋が一杯詰められてあった。冠《かぶ》り物《もの》や、草鞋《わらじ》のような物がその端の方から見えた。生前にいろいろの着物を縫って着せるのが楽しみであった人形を入れてやろうかやるまいかということについて、女の連中がまた捫着《もんちゃく》していた。
「入れないそうです。」と、誰やらが大分経ってから声かけた。
衆《みんな》が笑い出した。
「残しておいても何だか気味がわるいようですから入れて下さい。」とお庄は言ったが、母親は惜しがった。
「私《わし》が娘《あれ》の片身に田舎へ連れて帰らしておもらい申しますわね。」と、姑も言い出した。安公がでこぼこの棺のなかを均《なら》しながら、ぐいぐい圧《お》しつけると、「おい来たよう。」と蓋《ふた》がやがてぴたりと卸《おろ》された。白襟《しろえり》に淡色の紋附
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