の外へ延ばして、ぐったり寝込んでいた。お庄は「厭な叔父さんね。」とげらげら笑いながら出て来た。
「あんなに疲れるまで遊んであるいて、体に障《さわ》らにゃいいが……。」
 叔母は拍子ぬけがして、自分で猪口《ちょく》に二、三杯酒を注いで飲んだ。叔母と叔父とは、年がそんなに違っていなかった。
 お庄は叔父の寝相《ねぞう》を真似をしながら、「どうすればあんなに正体なくなるんでしょう。」といってまだ笑っていた。
 飯を済ましたところへ、小原という会社の男が遊びに来た。三十少し出たくらいの、色の蒼白い、敏捷《はしっ》こそうな目をした小柄の男で、給仕から仕上げたのだということを、お庄は後で聞いた。
「小崎さん今日は見えませんでしたね。」と小原は叔母が火を入れて出す手炙《てあぶ》りの側へ、お庄が奥から持って来た座蒲団を敷いて、小綺麗な指頭《ゆびさき》で両切りの短く切ったのを、象牙《ぞうげ》のパイプに嵌《は》めて喫《の》みはじめた。お庄は古《ふる》こびれたようなその顔を横から見ながら、時々|傍《わき》を向いて何やら思い出し笑いをしていた。するうちに叔母に睨《にら》まれて奥の方へ逃げ込んで行った。
 小原は袱紗《ふくさ》に包んだ紙入れのなかから、女持ちの金時計を一つ鎖ごと取り出して、ランプの心を掻き立て、鎖の目方を引いたり型の説明をしたりして叔母に勧めていた。お庄も傍へ行って見た。その時計は同じ会社の上役の某という人の細君の持物であった。その女が花に負けて、一時の融通に質屋へ預けてあったのを、今度厭気がさして、質の直《ね》で売るのだということを、小原は繰り返して、出所《でどころ》の正しいことを証明した。
 叔母はさんざん弄《いじく》りまわした果てに、気乗りのしない顔をして男の手へ品物を返した。
「また余所《よそ》へお売りになればったって、決して御損の行く品物じゃありません。」小原は傍に手を突いて覗いているお庄と叔母との顔を七分三分に見比べながら言い立てた。お庄はまた顔に袖を当てて笑い出した。
「いや真実《ほんとう》に。」と、その男も笑い出した。そして一順人々の手を経廻《へめぐ》って来た時計を、そっと懐へしまいこんだ。
 やがてランプの釣《つ》り手を掛けかえて、この男と叔母と母親とで、花が始まった。
「あなたもお入りなさいな。」と、お庄も仲間に引き入れられた。お庄は身幅の狭い着物の膝を掻
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