るくらいなら、余所《よそ》へくれた方がいいわ。」
「あの年をしていて、わが子よりは内儀《かみ》さんの方が可愛いなんて、お爺《じい》さんも随分だわね。」
 蒼《あお》い顔をして、女中と一緒に、隅の方で飯を食っている、その女の子の様子を見ると、お庄も厭な気がした。「それでもお前たち子供が可愛そうだと思ったもんで……。」と、いつか母親の言った語《ことば》を思い出された。
「外聞が悪いから、いい加減にしときなよ。」と、爺さんは内儀《かみ》さんのいびり方が劇《はげ》しくなると、眠いような細い目容《めつき》をして、重い体をのそのそと表へ出て行った。そうでもしなければ、彼女の病気がどこまで募るか解らなかった。内儀さんは、請負師の妾《めかけ》をしているころから、劇しいヒステレーに陥っていたらしく思われた。
「おいおい、家は忙《せわ》しいんだよ、朝ッぱらからどこを遊んであるくんだ。」
 隙《すき》のない目で、上って来るお庄の顔を見て、内儀さんは怒鳴った。その顔にはいつものように酒の気《け》もするようであった。どこかやんばらなようなところのある内儀さんは、継子《ままこ》がいなくなってからは、時々劇しくお爺さんに喰ってかかった。喧嘩《けんか》をすると、じきに菰冠《こもかぶ》りの呑み口を抜いて、コップで冷酒《ひやざけ》をも呷《あお》った。
「どうも済みません。」
 お庄は笑いながら言って、奥の方へ入って行った。
 座敷の方では、赤いメリンスの腰捲きを出して、まだ雑巾がけをしている女もあった。並べた火鉢の側に寄って、昨夜《ゆうべ》仲店で買って来た櫛《くし》や簪《かんざし》の値の当てッこをしている連中もあった。
「あれお前さんの弟……。」一人はお庄にこう言って訊きかけた。
「え、そう」お庄は頷《うなず》》いた。
「道理で似ていると思った。」
「同胞《きょうだい》だって似るものと決まってやしないわ。」
「当然《あたりまえ》さ。親子だって似ないものもあるじゃないか。」
 てんでんに下らなく笑って、顔の話などをしはじめた。お庄は形の悪い鼻を気にしながら、指頭《ゆびさき》が時々その方へ行った。奥の小間《こま》では、お庄が出る前から飲みはじめて、後を引いている組もあった。都々逸《どどいつ》の声などがそっちから聞えて、うるさく手が鳴った。誰かが、「ちょッ」と舌うちして、鼻唄《はなうた》を謳《うた》いながら
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