起って行った。お庄も寒い外の風に吹かれながら鼻頭《はながしら》を赤くして上って来た客に声かけて、垢染《あかじ》みた蒲団などを持ち出して行った。
夜お庄は、弟から端書《はがき》を受け取った。端書には、読めないような生意気なことが、拙《まず》い筆で書いてあったが、茶屋奉公などしている姉を怒っている弟の心持は、お庄の胸に深く感ぜられた。
二十七
正月の十五日過ぎに、お庄は肩にショールをかけ、銀杏返《いちょうがえ》しに白い鬢掻《びんか》きなどをさして奥山で撮《と》った手札形の自分の写真と、主婦《あるじ》や母親、女中に半襟や櫛のようなものを買って、湯島の方へ訪ねて来た。そのころ湯島ではもう大根畠《だいこんばたけ》の方の下宿屋を引き払っていた。田舎で潰《つぶ》れた家を興して、医師の玄関を張っている菊太郎から、倹約すれば弟二人を学校へ出して行けるだけの金が、月々送られることになってから、主婦《あるじ》は下宿を売り払って、その金の幾分で路次裏にちょっとした二階屋を買って、そこへ引っ越していた。二階にはごく気のおけない人を一人二人置いてあった。
主婦のお元は、お庄の風を見てあまり悦《よろこ》ばなかった。
お庄が半襟などを取り出して、「阿母《おっか》さんがいろいろお世話になりまして……。」と、ひねた挨拶《あいさつ》ぶりをすると、婆さんは紙に包んだその品を見もしないで、苦い顔をしていた。
「お前は、そしてその家で何をしているだい。やっぱり出てお客のお酌《しゃく》でもするだかえ。」
「え、時々……。」お庄はニヤニヤしながら、「やっぱりね、それをしないと怒る人があるものですから。」
「そんなことをしてはいけないぞえ。ろくなお客も上るまいに。金でもちっと溜ったと言うだか。」お庄は笑っていた。
「お安さあのところへ時々送るという話だったじゃないかえ。」
「それはそうなんですけれど、ああしておれば何だ彼だと言ってお小遣いもいりますから……。」
「それじゃお前、初めの話と違うぞえ、そのくらいなら日本橋にいた方がまだしも優《まし》だ。続いて今までおればよかったに。」
お庄もそんなような気がしていないこともなかった。お酉《とり》さま前後から春へかけて、お庄は随分働かされた。一日立詰めで、夜も一時二時を過ぎなければ、火を落さないようなこともあった。脚も手も憊《くたび》れきった体を、
前へ
次へ
全137ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング