な鈍い目で医師や産婆の顔を眺めて不安そうに尋ねだした。そして落ち入りそうな細い喘《あえ》ぐような呼吸遣《いきづか》いをしていた。
「赤さんは大きな男のお児《こ》ですよ。」と、産婆は死児をそっと次の室《ま》へ持ち出した。そこには母親が、畳の上に桐油《とうゆ》を敷き詰めて、盥《たらい》に初湯《うぶゆ》か湯灌《ゆかん》かの加減を見ていた。どの部屋も、人が動くばかりで、誰も声を立てるものはなかった。
死んだ赤子は、やがて真白い産着《うぶぎ》を着せられて、二枚折りの屏風《びょうぶ》の蔭に臥《ね》かされた。医師や産婆の帰る時分には長い悩みのあと産婦も安静な眠りに沈んでいた。
「あまり気を揉《も》まして、後で力を落さしても悪いですから、少し落ち着いたら子供の死んでいることをお話しなすった方がいいでしょう。」医師は叔父に注意して引き揚げて行った。
産婆の指図で、その夜のうちに、子供は壺《つぼ》のなかへ入れられた。何か事があると来てもらうことに決まっている植木屋の幸さんという男が、通りから火消し壺を買って来て、自分で小さいその死骸《しがい》を中へ収めた。その上へ白い片《きれ》が被《か》けられた。
「そんなことだろうと思った。どうせ私《わし》は子に縁がないのだでね。」
叔父と母親とが、赤子の死んで出たことを話して聞かすと、叔母は片頬《かたほ》に淋しい笑《え》みを見せて、目に冷たい涙を浮べた。
その一夜は、何となく家が寂しかった。母親と幸さんとは、壺の前に時々線香を立てたり、樒《しきみ》に湿《うるお》いをくれたりしていたが、お庄は爛《ただ》れた頭顱《あたま》を見てから、気味が悪いようで、傍へ寄って行く気になれなかった。
「お此《この》さんは、あまり氷や水菓子が過ぎたもんで、それで腹が冷えて、赤子があんなになったろうえね。」と母親は、夜更けてから、茶の間で衆《みんな》が鮨《すし》を摘《つま》んで茶を飲んでいる時言い出した。
叔父はそこへ臥《ね》そべりながら、黙っていた。長いあいだ叔母の体が根底から壊されていることや、血の汚れていることが、深く頭脳《あたま》に考えられた。
叔父はやがて、すごすごと座敷へ入って寝てしまった。
蒸し暑いような、薬くさいような産室の蚊帳のなかから、また産婦の呻吟声《うめきごえ》が洩れた。お庄と一緒に、そこいらの後片着けをしていた母親は、急いでその部屋
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