》だで。」
叔母はまた死んだ子の年など数えはじめた。
去年の夏よりも一層、叔母は冷たい物を欲しがった。氷や水菓子を、叔父に秘密《ないしょ》でちょくちょくお庄に取りに走らせた。暑い日は、半病人のような体を、風通しのよい台所口へ這《は》い出して来て、脛《はぎ》の脹《むく》んだ重い足を、冷たい板敷きの上へ投げ出さずにはいなかった。下《しも》の方も始終苦しそうであった。婦人科の若い医者が時々廻って来ては、その方の手当てをしていた。腹に子があるので、思いきった療治もできなかった。
痛痒《いたがゆ》くなって来ると、叔母は苦しがって泣いていた。それが堪えられなくなると、近所から呼んで来た按摩《あんま》を蚊帳《かや》のなかへ呼び込んでは、小豆《あずき》の入った袋で、患部を敲《たた》かせた。
お庄が朝目をさますと、薄野呂《うすのろ》のようなその按摩は、じっと坐ったきりまだ機械的に疲れた手を動かしていた。明け方から眠ったらしい叔母の蒼白い顔に、蚊帳の影が涼しく戦《そよ》いでいた。
四十一
やがて胎児の死んでいることが、出産前から医師《いしゃ》や産婆に解って来た。しばらく床に就きッきりであった叔母が産気づいて来たのは、それから間もないある日の夕方であった。奥で腹痛を訴える産婦の声を聞きながらお庄はその時食べかけていた晩飯を急いで済ました。
産婆はじきに駈けつけて来た。
「ちッと早く出るかも知れませんよ。」と、産婆はすぐに白い手術着を被《き》て産婦の側へ寄って行った。産婦は蒼脹《あおぶく》れたような顔を顰《しか》めて、平日《いつも》よりは一層|切《せつ》なげな唸《うな》り声を洩らしていた。そのうちに、電話で報知《しらせ》を受けた医師《いしゃ》が、助手を連れてやって来た。
叔父は客と一緒に、座敷で碁を打っていた。
「どうせ死んだ塊《かたまり》を引っ張り出すだけのもんだからね、素人《しろうと》が騒いだって何にもなりゃしない。」と言って、平気でぱちりぱちりやっていた。
二、三度腹が痛んだかと思うと、死んだ胎児はじきに押し出された。死児はふやけたような頭顱《あたま》が、ところどころ海綿のように赭く糜爛《びらん》して、唇にも紅い血の色がなかった。
「男の子ですかね、女の子ですかね。」産婦は後産《のちざん》の始末をしてもらうと、ぐったり疲れてそのまま凋《しぼ》んで行きそう
前へ
次へ
全137ページ中64ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング