》の冷たいのを盆ごと茶箪笥から取り出して来て、また茶をいれかえなどした。もうお終いものの枝豆なども持って来た。
 叔父はその晩も帰って来なかった。お庄は汚れた茶道具や、食べ残しの芋を流しへ出しておいて、それから寝しなに、戸棚のなかから醋《す》を茶碗に汲んで、暗いところで顔を顰《しか》めながら飲んだ。
 刳盆《くりぼん》や糸捲きのような土産物《みやげもの》を、こてこて持ち込んで、湯治から帰って来た叔母は、行った時から見ると、血色が多少よくなっていた。体の肉にも締りが出来て帰った当座は食も進み夜も心持よく眠れた。
 叔父がまた旅へ出ることになった。線路《レール》の枕木を切り出す山林《やま》を見に、栗山《くりやま》の方へ、仲間と一緒に出向いて行った。大分|費《つか》い込みの出来た叔父は一層|儲《もう》け口を見脱《みのが》すまいとして燥《あせ》っていた。
「これが当れば、お前にだって水仕はさしちゃおかん。」と、叔父はお庄にも悦ばせた。
 叔父は行ったきり、いつまでも今市《いまいち》の方に引っかかっていた。一行はそこから馬に乗って、栗山の方へ深く入って行かなければならなかった。日光で遊んでいるような噂も伝わった。
 霖雨《ながあめ》で、大谷川《だいやがわ》の激流に水が出たということが、新聞で解った時、叔母は蒼くなって心配した。そしてお庄と一緒に良人の安否を八方へ聴き合わした。
 十月の末に、家から電報で取り寄せた旅費で、からがら帰って来た叔父はひどい睾丸炎《こうがんえん》で身動きもならなかった。

     三十八

 お浜という茶屋の女中をつれ出して、近所の料理屋へ行った叔父を送り出してから、叔母は屈托《くったく》そうな顔をして、今紙入れを出してやった手箪笥の鍵《かぎ》を弄《いじ》りながら、そこに落胆《がっかり》して坐った。
「私がせッせと骨を折って、家を始末したって、これじゃ何にもなりゃしないわね。」と、叔母は散らかったそこらを取り片着けているお庄に零《こぼ》すともなく溜息をついた。
 お庄は前《ぜん》に茶屋の店頭《みせさき》でちょっと口を利いたことのあるその女が、手土産に持って来てくれた半衿《はんえり》を、しみじみ見ることすら出来ずにいた。半衿は十六のお庄には渋過ぎるくらいであったので、お浜は、最中《もなか》の折と一緒に取次ぎをしてくれたお庄の前に差し出してから、年を聞
前へ 次へ
全137ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング