からなかったので、叔父はその一つに病気のある妻を入れておいて帰ったのであったが、叔母はそこが寂しいと言って、端書で零《こぼ》して来た。そのたんびに家のことを気にかけてあった。戸締りや火の元の用心、毎日の小遣いのことなどがきっと書いてあった。
「こんなくらいなら、湯治に行ったって効験《ききめ》がありゃしない。」と言って、叔父は笑っていたが、するうちに叔母は二十日《はつか》もいないで帰って来た。
叔父は留守の間もよく家を明けた。時とすると五、六日も家へ寄り着かないことがあった。洲崎の女を落籍《ひか》すとか、落籍して囲ってあるとかいう風評《うわさ》が、お庄らの耳へも伝わった。どっちにしても叔父が女に夢中になっていることだけは確かであった。母親がそっと小原に様子を訊いてみると、小賢《こざか》しい小原はえへら[#「えへら」に傍点]笑いばかりしていて容易に話さなかった。
「どんな女でござんすかね。」母親は女のことをしきりに聞きたがった。
「なに、女はそれほどよかありませんよ。けどなかなか如才のない女です。まア手取りでしょう。小崎さんも大分お使いになったようです。」
叔母に隠して、叔父が無理算段をしては入れ揚げていることが、この男の話でも解った。叔父の持ち株で、近ごろ小原の手で、他へ譲り渡された口の幾個《いくつ》もあることも、その口から洩れた。そのなかで女の身に着くものも少くなかった。お庄は話を聞いただけでも惜しいと思った。ここへ来てからお庄はまだこれと言って、纏《まと》まって叔父に拵えてもらったようなものもなかった。
「お此《この》さんもあんまり家を約《つ》めるもんだで、かえって大きい金が外へ出るらね。」と母親は後で弟嫁のことを非《くさ》しはじめた。母親はお庄が叔母から譲り受けた小袖の薄らいだようなところに、丹精して色紙《しきし》を当てながら、ちょくちょく着の羽織に縫い直す見積りをしていた。お庄はその柄を、田舎くさいと思って眺めていた。
「お前たちのお父さんが、親譲りの身上を飲み潰したことを考えれア、叔父さんのは自分で取って使うのだで、まアまアいいとしておかにゃならん。」母親はこうも言った。
また母親の長たらしい愚痴が始まった。二人は色紙ものを弄《いじ》ながらいつまでも目が冴《さ》えていた。腹がすいて口が水っぽくなって来ると、お庄は昼間しまっておいた、蒸した新芋《しんいも
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