へ問い合わしても、叔父のその後の居所が解らなかった。
「あの晩の電話だって、どこからかかって来たのだか解りゃしない、お庄ちゃんこの間の紙入れを貰って、それで叔父さんと共謀《ぐる》になっていやしませんか。」猜疑深《うたぐりぶか》い叔母は淋しい顔にヒステリー性の笑《え》みを洩《も》らした。
お庄は呆《あき》れた顔をしていた。そうしてから笑い出した。
「そうでしょう。」叔母は火鉢の縁を拭きながら言った。
「私そんなことしやしませんよ。あの時はもう確かに社長さんのお宅だったんですもの。」お庄は真顔になった。
「それじゃそうかも知れない。」叔母は苦笑した。
それからお庄は、また方々電話で聞き合わした。近いところは歩いて尋ねて見た。終いには洲崎《すさき》の引手茶屋へ問い合わしてみると、そこでは返事が少し曖昧であった。お庄はそれから叔母に相談して、俥でそこまで出かけて行った。その晩会社の方では叔父がいなければ解らないような用事が出来ていた。
お庄を載せた俥は、だんだん明るい通りを離れて暗いしっとりした町へ入って行った。舟や材木のぎっしり詰った黒い堀割りの水に架《かか》った小橋を幾個《いくつ》となく渡ると、そこにまた賑やかな一区画があった。川縁の柳の蔭には、俥屋の看板が幾個《いくつ》となく見えて、片側には食物屋《たべものや》がぎっしり並んでいた。
広々した廓内《くるわうち》はシンとしていた。じめじめした汐風《しおかぜ》に、尺八の音《ね》の顫《ふる》えが夢のように通って来て、両側の柳や桜の下の暗い蔭から、行燈《あんどん》の出た低い軒のなかに人の動いているさまが見透《みすか》された。
三十五
お庄は芝居の書割りのなかに誘《おび》き入れられたような心持で、走る俥の上にじッと坐っていられなくなった。ふわふわするような胸の血が軽く躍《おど》っていた。
叔父が行きつけの福本という茶屋は、軒並びでは比較的大きくて綺麗な方であった。お庄はその少し手前のところで俥を降りて、そこから薄明るい店へ入って行った。端の方に肥った二十三、四の色の浅黒い女が、酸漿《ほおずき》を鳴らしながら、膝を崩して坐っていたので、お庄はそっとその傍へ行って聞いてみた。
「今ちょッと電話で伺ったんですがね、こちらに小崎という人が来ておりませんですか。」
女は軽く頷いてみせて、「石川島の小崎さんでしょ
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